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人形が夢見るは如何なる未来か(7) ーブルディカの記憶ー

 部屋を出た魔法使い達と不思議な人形は、灯台を出てすぐ、その足を止めた。
 陽光の中、青白い肌に蛇のような視線を携えた二人のダークエルフが待ち構えていた。
 上の階で何かが起きたのは気配で感じ取っているようで、張達の姿を見ても慌てることなく、腰にある剣に手を回す。
 張がリュミエール達を庇うように前に立つ。
 精鋭の暗殺部隊は、目前の魔法使いを侮ってはいない。油断した相手にならば魔法を詠唱する時間も稼げるが、気を緩めない相手には、その余裕がない。
 だが、張は静かに手にした杖を構える。
 一瞬、周辺の空気が凍る。
 あ、と声を出したのはリュミエールだった。
 抱きかかえていた人形が突如、その腕をすり抜けて走りだしたのだ。
 先に動いたのは、ダークエルフの方である。
 張を倒し、錬金術士二人を確保し、急ぎこの地を離れる。簡単な作戦内容のはず、だった。
 不意にダークエルフの右足が止まった。
 どこからか生えた草の蔓が、器用に足に絡みつく。蔓に備えられた刺が食い込み、痛覚を刺激した。
 ある種の魔法で攻撃された、と認識した刹那、もう片方のダークエルフが大きく仰け反る。
 鋭く尖った氷の槍が胸を貫いたと同時に、全身が氷の塊に閉じ込められた。
 驚いたダークエルフが右足を強引に引き抜いて、体制を立て直そうとする。
 両手にそれぞれ剣を構えたと同時に、ダークエルフの身体は氷の塊に覆われた。
 「・・・高速詠唱」
 戦闘が終了した、という安堵感からか、リュミエールが呟く。
 魔法とは、複数の神々の力を複雑に練り合わせて具現化させるもので、光の魔法のように簡単なものもあれば、呪文の言葉ひとつ間違えただけで命を落とす危険なものまである。だが、熟練した魔法使い達は一言一句失敗することなく、具現化させるために必要な呪文の詠唱を短時間で行う。それを高速詠唱、と呼んでいるが、今のアデンに張と同じほどの速度で唱えれる魔法使いは、そう何人も存在はしないだろう。
 それひとつをとっても、彼が並大抵の魔法使いではないことを立証するに十分であった。
 てくてく、という音が似合う歩き方で戻ってきた人形が手にしていたのは、たまたま跳ねて桟橋に乗ってしまった生きのいい魚であった。
 思わず魔法使いたちの口元に笑みが浮かんだ。
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人形が夢見るは如何なる未来か(6) ーブルディカの記憶ー

 一人がブルディカの左側、斜め上から空中で回転しつつ、手にした短剣の狙いをつける。
 同時にもう一人が、逆側から床を這うかのような低さで突進した。無論、その手には湾曲した剣を握っている。
 本来、音もなく暗殺することが使命であるが、時には戦闘を強いられる事もある。それに備えての訓練は欠かさず行われてきたし、左右上下からの連動の仕掛けは、実践でも数えきれないほどの勝利を挙げてきた。
 ーもらった!
 空中の男が感じるはずの肉を裂く手応えは、しかし、虚しく空を切る感覚を伝えた。
 転がりながら受け身を取ると同時に、獲物へ振り向こうとした時、自分の胸に見覚えのある柄が生えていた。
 自分の短剣だと気付き、咄嗟に視線を動かした。握っているはずの短剣は、そこになかった。腰にあったはずの長剣もまた失われている。
 突進した男は何が起きているのかがわからないまま、それでもブルディカの両足を薙ぎ払いに剣を振るった。
 部隊の中で最速と言われたそれは、しかし獲物をなぎ払う前にぴたりと止まった。
 背中から剣が貫いて、先端が床に刺さり、串刺し状態になった、と理解できたかどうか。
 表情を変えることなく、ブルディカは残りの四人を見た。
 先陣を切った二人がブルディカに到達する直前に自分の剣を納刀し、空中の敵から奪った二本の剣でそれぞれにトドメを刺した後、再び自分の武器を両の手に構えた。この一連の動きを、偽物だけが理解できていた。
 二人が倒された、という事実だけを即座に理解した二人が動く。
 右手に備えた武器は篭手の形状をしたもので、ダークエルフ達の間でガントレット、と呼ばれているものだ。主にスティングという鋭利で小さな刃物を投げつける為のもので、離れた獲物の命を奪う。
 「どうやら降参する気はないようだ」
 ブルディカの問いに無言のまま、今度は十数本のスティングが襲い掛かる。
 その場から回避行動を取って動くブルディカをスティングごと飛び越える一人が陽動となり、スティングと飛び越える一人に神経が向いた瞬間、左右の死角からの同時攻撃。刃を避ければスティングが、共に回避に成功しても飛び越えた一人が背後から、の三段構えを逃げ切った獲物は、存在しなかった。今まではー。
 ブルディカに左右から襲いかかった二人の眉間を、スティングが貫いた。
 勝てない。大きく仰け反る二人の気配を察知した、飛び越えた一人は悟った。
 結果、飛び越えた一人は獲物に向き直る事なく、そのまま扉へと直行する。
 無駄に命を散らすぐらいなら、無様に敗走するほうが、ましだ。
 取っ手に手が届く直前、スティングが首を射抜いた。
 残りのスティングが、いくつか壁に当たって、床に落ちたのは、三人が崩れ落ちたのと同時だった。
 襲い掛かるスティングを使ってその三人を仕留めたブルディカの手腕は、偽物の想像を遥かに超えていた。
 だが、それはある意味で偽物は理解していたはずであった。
 「さすがは元暗殺軍の英雄・・・伝説と共にその名を継いだか・・・・ブルディカ」
 今度はブルディカが答えず、そっと偽物に向き直った。
 その眼を見た偽物は、自らの運命を知った。
 
 

人形が夢見るは如何なる未来か(5) ーブルディカの記憶ー

 冷たい刃は、ほんの少し力をいれただけで喉に食い込むだろう。突きつけられた男は、それを痛感した。
 視線を鉄格子に移すと、小さな物体がちょこんと置いてある。緑色のぬいぐるみだとわかるまで数秒を要した。
 それが自分で動き出すとは!
 しかし、そのぬいぐるみに驚いたのは男だけではなかった。
 「なぜお前がここに・・・?」
 檻の中でリュミエールが声を出した。
 「創造主の後を追いかけてくれた。おかげで辿り着けたよ」
 魔法使いの張が説明した。途中あちこち寄り道されて困ったけどね、と付け足した張の手にした杖には、いつでも魔法が放てるように魔力を込めている。
 「二人を檻から出してもらおう」
 静かに本物が言った。
 偽物が配下に目で合図し、配下の一人が鉄格子を開ける。その足元を小さなぬいぐるみが走り回っていた。
 「エルフの洞窟で、ラスタバドの暗殺部隊はすべて片付けたつもりだったが」
 ブルディカの問いに、睨みつけることで答えた偽物は奥歯を噛み締めた。
 リュミエール達を外に誘導しながら、張は一緒に部屋を出る。
 「ここから先は、錬金術士達には酷な場面になるかもしれん」
 瞬間、偽物の腹部に痛烈な痛みが走り、部屋の壁に吹き飛ばされた。
 腹部にブルディカの蹴りが入った、と理解できたかどうか。
 「ここにいるだけが私の部隊だと思っているのか?」
 吐き捨てるように言いながら偽物が立つ。
 「外に逃したから、といって安全だとは思ってない」
 ブルディカが手にした剣を構え、部屋の中を見回した。
 偽物に、武器を手にした配下が三人、床に転がっているのが二人。
 「少なくともあと二人、一部隊を編成するには必要だ。それがラスタバド暗殺部隊の教えだから」
 さて、とゆっくりと体制を低めにすると、ブルディカがその両手にした剣を突き出す。
 「おとなしく投降するか、洞窟の仲間の元に行くか。自分達で決めるといい」
 「もちろん」
 偽物もその手に剣を構えた。
 「お前を殺し、魔法使いも殺し、錬金術士達を取り戻す」
 配下が床に寝ている仲間を足で起こす。
 蹴られた配下が頭を振りながら気を確かにしていくのを、ブルディカは止もしない。
 「お前の首を持って帰ったなら、スレイヴ様もお喜びになる」
 「スレイヴが?・・・そうか、彼が軍団長に」
 ブルディカの気が緩んだのを察知した刹那、暗殺部隊が一気にブルディカを襲った。
 

人形が夢見るは如何なる未来か(4) ーブルディカの記憶ー

 アデンの街を囲む城壁にはそれぞれに門が配置されており、北側には商船が出入りする大きな港が面している。外部からの侵入には船等の目につきやすい乗り物が必要となるためか、警備は他の門よりも比較的配置がゆるめになっている。
 少なめの警備兵の間を通り過ぎ、リュミエール一行は港にある灯台へと向かった。
 商船の入荷作業はすでに終わっていたようで、他に人影は見当たらなかった。一行は螺旋式の階段を登って、途中にあった設備室の扉を開ける。勿論、リュミエールの背後にはいつでも刺せる位置に短剣が握られていた。
 やや薄暗い部屋の中、高めに設置された丸窓から差し込む光が宙に浮く埃を煌めかせていた。
 一番奥の壁際には小さめの鉄格子があり、そこに錬金術士を象徴する薄緑色の服を纏った女性が入れられていた。
 リュミエールには一目でそれが誰なのかがわかった。
 「・・・・ラビエンヌ」
 鉄格子の内側から手が届かない場所に、何枚かの札が貼り付けられている。あまり見たことがない様式の術ではあるが、部屋の中にあってラビエンヌの魔力を感じない事から、どうやら鉄格子の中の魔力を封印する効果があるらしい。
 「彼女がなかなかお話をしてくれなくてね」
 ブルディカと名乗った男がリュミエールを鉄格子に向かって案内するように、手を差し出した。
 「貴女にご足労願った訳だ。とりあえず、そこに入ってもらおうか」
 黙って指示に従ったリュミエールは、鉄の檻の中で親友を見た。まだ酷い真似はされていないようで、少し安心した。
 「今すぐにでも二人には話を聞きたいところだが、ここじゃゆっくりも出来ないんでね」
 おい、と配下の者に声をかけ、何やら小声で指示を出すと二人ほどが部屋から出て行った。
 「ここから夜を待って船で移動する。それまで親友との再会を楽しむといい。まあ、我々と話をしてくれないなら、その気になるまで我々を楽しませてもらおう。海賊島に到着するまで時間はたっぷりとあるからな」
 いやらしく目元を歪ませて二人を見る男の視線には、あからさまな性欲が込められている。
 その時、扉が開いて先ほど出て行った配下の二人が戻ってきた。
 途端にその場に倒れ込む。
 振り向いた男が腰にあった剣に手を伸ばした刹那、足元を素早く走り抜ける何かに気を取られた。
 確かめようと顔を動かそうとして、自分の首に当てられた冷たい存在に初めて気が付く。
 漆黒に染め抜かれたそれは、緩やかな曲線を描く短剣であり、男はそれが何か知っていた。
 「・・・本物のお出まし、か」
 短剣を握るは、王から依頼を受けたダークエルフのブルディカ本人であった。
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